花园に立つ
竹井 章(たけい あきら)
庆应义塾志木高等学校
蹴球部部长、体育科教諭??
创部68年目にして、庆应志木蹴球部は悲愿であった花园初出场を果たすことができました。初の大舞台においても选手たちは臆することなく戦い、初出场校としては22年ぶりとなるベスト16进出を成し遂げました。この跃进を支えたのは、9月から4カ月にわたり、週1回のペースで継続してきた大学蹴球部との合同练习です。この大学生との合同练习を続けた経験が、花园で自分たちの形を贯く大きな力となりました。
1回戦対青森山田高校戦では戦术が噛み合い、自分たちの思い通りのラグビーを展开することができ、48対12で胜利することができました。一転して2回戦対鹿児岛実业戦は苦しい局面が続き、なかなか自分たちの形を作らせてもらえない时间が长く続きましたが、全员で我慢し続け、最后は何とか自分たちの得意な形へと持ち込んで胜ち切ったその粘り强さこそ、この1カ月半の成长を象徴していました(31対17で胜利)。
ベスト8を悬けた対东福冈高校戦では、一时「0対69」と圧倒される絶望的な展开となりましたが、残り15分。胜负が决した状况下でも、选手たちはあきらめず强化してきた「モール」を中心とし、泥臭く前进し、庆应志木蹴球部らしい2つのトライを挙げました。ノーサイドの瞬间、その表情には悔しさとともに庆应志木ラグビーを贯いた清々しさが溢れていました(14対69で终了)。
振り返れば、プレッシャーがかかる埼玉県予选では、选手たちの表情に硬さや紧张が见られましたが、花园ではまるで别人のように逞しく、纯粋にラグビーを「楽しんで」プレーしていました。苦しみの末掴んだ埼玉県予选决胜での胜利から、元日の花园での败戦まで。庆应志木蹴球部にとって、この1カ月半はまさに「梦のような时间」であり、选手たちが惊异的な成长を遂げた期间でした。1年前に新チームが始动した时には、正月に花园第一グラウンドで东福冈と対戦している姿は、全く想像もできなかった光景でした。
1回戦からスタンドを埋め尽くし、花园をホームグラウンドのような热気で包んでくださった皆様のご声援に、心より感谢申し上げます。68年の歴史の中で初めて立った花园で得た経験は、部にとって今后につながる大きな财产となりました。庆应志木蹴球部は再び、花园を目指して、1歩ずつ、前进してまいります。
志木高蹴球部花园での活跃──ネコからトラへ、进化を辿る
川上 纯一(かわかみ じゅんいち)
庆应义塾体育会蹴球部
黒黄会(翱叠会)会长??
昭和33年创部、埼玉県では高校登録6番目の歴史あるチームながら、昭和时代は大学蹴球部や庆应高校蹴球部同様のタイガー(黒黄)ジャージの着用を许されず、黒地に胸に黄色线2本の通称「ネコジャージ」が公式着でした。その后、创部30周年を机に黒黄ジャージに変わりましたが、今回、黒黄会は新调の黒黄ジャージを出场祝として进呈し花园へ送り出しました。ネコからトラへの进化の辛く长い道のりでパスを繋いできた歴代の志木高ネコジャージオールドラガーの応援姿が花园にありました。进取の精神で自ら胜ちとった新调黒黄ジャージが全国の晴れ舞台で辉いて见えました。
昭和49年全国高校ラグビーフットボール大会埼玉県予选準决胜、対行田工业高戦に私は高校3年生狈辞.8として出场。歴代で花园に最も近いチームと期待されていましたが结果は6‐12で惜败し花园出场の梦は溃えました。しかし、同年庆应高校との定期戦で史上初胜利し、创部10数年で実力を蓄えた志木高は存在感を示し、既にネコの皮をかぶった若いトラと化し咆哮を始めていました。
今季になり大学生部员、庆应高校部员の胸を借りに毎週日吉通いで物怖じしない逞しさが身につきました。県决胜前に大学青贯监督より志木高生に激励のカツサンドがふるまわれ庆应ラグビーの绊を味わい奋い立ちました。また、长らく定期戦で交流の同志社香里高校に今回の花园入りに备えグラウンド使用の有り难い申し出をいただき、友情や周囲に支えられ今日があることを改めて実感しました。
昭和时代、部长は长らく新保雅司先生そして现竹井章先生へ连绵とご指导をいただいてきました。部长と楽志会(志木高蹴球部翱叠会)任命の监督が指导上の相乗効果を発挥するのも一贯校ならではの强みです。オール庆应ラグビーを统括する黒黄会は、各一贯校と紧密に连携し小中高大と齟齬のない体制で、各チームの个性を活かしつつ塾一贯教育の强みを最大限発挥するよう、伝统と革新、そして多様性を融合させる努力を続けています。
志木高蹴球部30年史の石川忠雄塾长の祝辞です。「塾でラグビーを爱し育んだ人々が、长い歳月を通じて培ってきた伝统を思うとき、私は、その絶妙ともいえる调和の良さを强く感じさせられるのである。なぜならば、伝统を创り出す要因が物理的な「时间」そのものではなくて「人」であり、もっと突き詰めていえば、「魂」の集积であるからに他ならない」。
志木の地で、のびやかで野性的な自由の魂の集积を重ね、日吉とは一味违う庆应ラグビーの魂を育み、68年の熟成期间を経て全国へ発信できました。今后はオール庆应ラグビーの牵引车として新たな歴史をドライビングモールのように确実に前进させることを确信しています。
「ネコの魂100まで」。おめでとう志木高蹴球部!そして100年に向けキックオフ!
※所属?职名等は本誌発刊当时のものです。