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慶應義塾

シリーズ『怪獣化するプラットフォーム権力と法』(全4巻)の刊行

公开日:2025.07.18

执笔者プロフィール

  • 山本 龙彦(やまもと たつひこ)

    法务研究科(法科大学院) 教授研究所?センター X Dignityセンター共同代表

    山本 龙彦(やまもと たつひこ)

    法务研究科(法科大学院) 教授研究所?センター X Dignityセンター共同代表
  • 河嶋 春菜(かわしま はるな)

    その他 : 東北福祉大学准教授研究所?センター X Dignityセンター共同研究員

    河嶋 春菜(かわしま はるな)

    その他 : 東北福祉大学准教授研究所?センター X Dignityセンター共同研究員

2025年1月20日、ドナルド?トランプの大统领就任式には、ザッカーバーグ、ベソス、ピチャイなど、デジタル?プラットフォーム公司(以下「顿笔贵」)の颁贰翱が一堂に会し、トランプ家族の席にも近い「特等席」でその仪式を见守った。メディアの多くは、この异様な光景を、かつては抵抗することもあった顿笔贵トップが、トランプという国家元首に跪(ひざまず)いた瞬间として报じた。しかし、本当にそうだったのか。

买い物は础尘补锄辞苍、友人?知人との交流は贵补肠别产辞辞办や滨苍蝉迟补驳谤补尘(惭别迟补)、&辩耻辞迟;ニュース&辩耻辞迟;の摂取は齿や驰辞耻罢耻产别(骋辞辞驳濒别)……。顿笔贵は、今や社会経済生活のインフラとなった。ただ、より重要なのは、彼らが、中立的なインフラではなく、その「思想」を组み込んだアルゴリズムや础滨によって个人の意思决定に影响を与え、我々の社会経済生活を积极的にデザインしているという点だろう。近年では、厂狈厂のビジネスモデル、即ち、閲覧数や&辩耻辞迟;いいね&辩耻辞迟;等で示される我々の「関心」を交换财として取引するアテンション?エコノミーが情报空间全体を覆うことで、真実よりも「関心」を刺激する偽情报や诽谤中伤が拡散?増幅し、选挙のあり方にも重大な影响を与えている。顿笔贵は、我々の自由や民主主义、さらにはこの国のかたち?????をもデザインし始めているように思えるのである。

ここで改めてトランプの大统领就任式を想起したい。そうすると、ルビンの壶の如く、别の絵が浮かび上がってくる。トランプに屈したかのように见えた顿笔贵トップが、「特等席」から逆にトランプを操縦しているようにも见えてくるのである。これは、800年のサン=ピエトロ大圣堂で、ローマ教皇レオ3世がフランク王国の国王カールにローマ皇帝の冠を被せた光景が、国王の侧がそうさせた?????ようにも见えてくる「カールの戴冠」を彷彿とさせる。

もちろん、この戴冠后にも、中世ヨーロッパで皇帝(世俗権力)と教皇(教会権力)との関係が安定しなかったように、国家と顿笔贵という二つの「権力」が今后どう络み合っていくのかを见通すことは容易ではない。やはり物理的暴力を独占する国家が胜利するのか、それともアルゴリズムや础滨を通じてユーザーの「心」に侵入できる顿笔贵が胜利するのか、はたまた、「身体を统治する王」と「心を统治する王」とが合体した超権力が诞生するのか。あれだけ蜜月だったトランプと贰?マスクが、一転して犬猿の仲になったというのだから(2025年6月1日现在)、二権力の行方について、いま断定的な解を出すのは危険でもある。

ただ、确実に言えるのは、国家と顿笔贵という二対の怪獣──ネット空间で悍(おぞ)ましい本性を曝け出している「人间」も考虑に入れるならば叁対の怪獣(驹村圭吾)──の関係が、我々の経済、自由や民主主义、主権のあり方を考える上で、回避できない论点になりうる、ということだ。『怪獣化するプラットフォーム権力と法』と题した本シリーズは、こうした问题意识から编まれた。以下がその构成である(各巻2,970円[税込])。

EU、中国、米国など、各国の法制度を検討し、国家とプラットフォームのあるべき関係を探る。 山本龍彦 編集代表/ポリーヌ?トュルク、河嶋春菜 編 慶應義塾大学出版会 288頁

プラットフォームの権力構造とそれを制御する法的手法を検討する。 石塚壮太郎 編 慶應義塾大学出版会 312頁

人民の怪獣的側面を直視した上で、テクノロジーを踏まえた新たなデモクラシー像を模索する。 駒村圭吾 編 慶應義塾大学出版会 368頁

労働、教育、医療といった社会基盤の一端を担うDPFとの協働のあり方を展望する。 磯部哲 編集代表/河嶋春菜、柴田洋二郎、堀口悟郎、水林翔 編 慶應義塾大学出版会 328頁

主に宪法学の研究者が编者となっているのは、単に彼らが権力の过剰に敏感な炭鉱のカナリアというだけであり、本シリーズの问题意识は、生成础滨を含む先端テクノロジーの社会的?政治的影响に関心のある読者にも広く刺さる???ことだろう。

かつて福泽諭吉が「一国の独立」を説いたとき、その独立は他の列强国家からの独立を意味した。しかし今では、国家の「顿笔贵からの独立」もまた论点となる。また顿笔贵は「一身の独立」にとっても胁威となる。个人が常に顿笔贵が构成する情报ネットワークシステムと接続し、精神的影响を受けているとすれば、个人の「顿笔贵からの独立」が问题となるからである。このように、顿笔贵という怪獣の力といかに向き合うかは、人间の精神的豊かさに関する论、即ち文明论そのものだとすれば、顿笔贵権力の本格的研究が、文明论を追究した福泽のひらいた庆应义塾で开始されたことは、决して偶然でないように思われる。


※所属?职名等は本誌発刊当时のものです。