执笔者プロフィール

大场 美穂子(おおば みほこ)
研究所?センター 日本語?日本文化教育センター教授専门分野/日本语学?日本语教育

大场 美穂子(おおば みほこ)
研究所?センター 日本語?日本文化教育センター教授専门分野/日本语学?日本语教育
职业を寻ねられて、「日本语の研究をしている」と答えると、相手に怪讶な颜をされることが多い。母语について研究するとはどういうことか、具体的に想像することは难しいのかもしれない。そこで、私が普段どのようなことを考えているのか、例を挙げてみたい。
最近、駅のアナウンスで「ご乗车する」という言叶をよく闻く。「间もなく発车いたしますので、ご乗车してお待ちください」などという使い方だ。私自身はこれを闻くたびに微かな违和を覚えるが、周囲の反応を见る限り、特に违和を感じない人が多いようである。
あるいは、こんな例もある。先日のドラマの台词に「××先生に何时ごろお会いしたんですか」というのがあった。刑事がある人物に「××先生」のアリバイについて寻ねる场面である。「(あなたは)××先生にお会いしたのか」という表现は、これまた私にとっては相当に违和があるが、ドラマの台词として採用されていることから考えると、少なくともドラマを制作している皆さんにとっては普通の表现なのだろう。
「ご乗车する」「お会いする」という敬语は、いわゆる谦譲语で、闻き手(つまり「あなた」)を主语とする文では使用しないというのが従来のルールである。先の2つの例はこのルールに反しており、ひとまず误用ということになるだろう。しかし、実はこのように多くの人に共通して起こるエラーは、误用であるというより言语変化の兆しと捉えたほうがよい场合も多い。少なくとも、なぜこのようなエラーが受け入れられるようになってきたのか、そこには何か理由があるはずだ……。母语を研究していると、このようなことが非常に気になるようになる。
言语は、私たちが想像するよりはるかに整然としたルールでできた体系であり、それゆえ、そのルールに违反が起こる场合にも、复数の人が同じエラーを犯すならば、そこには何か强い动机が存在すると考えたほうがよい。
では、上记の例はどう考えるべきかというと……。はてさて、私としてはぜひこの点についてご説明したいが、残念ながら纸幅が尽きたようである。その话はまた别の机会に、ということにさせていただきたい。
※所属?职名等は本誌発刊当时のものです。