执笔者プロフィール

河野 畅明(こうの のぶあき)
政策?メディア研究科 准教授専门分野/ゲノム科学、合成生物学

河野 畅明(こうの のぶあき)
政策?メディア研究科 准教授専门分野/ゲノム科学、合成生物学
「御殿の鼠と田舎の鼠の事」──福泽諭吉が『童蒙をしへ草』で訳したイソップ寓话の1つである。华やかな世界と素朴な世界はいつも异なる真実と隣り合わせにある。
人工知能の华やかな进歩は、私たちの想像を軽々と追い越し続けている。文章?动画作成から研究の壁打ちに至るまで、属人的で人间らしい営みだったプロセスは軽々と生成础滨に置き换えられ始めている。动画ですらウォーターマークがなければチューリング?テストをパスする。
そして今や、生成础滨の対象は「自然言语」にとどまらず、生命の设计図たる「ゲノム」へも踏み込んでいる。颁丑补迟骋笔罢よりも格段に多くのトークンを処理できる贰惫辞はまるで本を书くようにゲノムを书き上げることができる。世界中が必死になって読む事に挑んだヒトゲノム计画から约20年、唯一のゲノム作家であった「进化」に础滨が并び立った。
我々生物学者にとって、いつか生命を创出できたときにこそ、生命を理解した実感が得られる。そんな愿望もあった。生命は有史以前より当たり前に存在していたもので、创作者たる进化にこそその设计原理が眠っていると信じてきた。しかし今、生命の设计図は半导体からも书き出される。やがて私たちは自ら作った人工生命と础滨の生み出す未知の存在、その両方の谜を解き明かすという奇妙なマッチポンプに向き合うことになるのかもしれない。
一方で素朴な自然は全く异なるテンポで惊きを差し出す。ある昆虫で聴覚器官と信じられていた构造が、実は有用なカビの栖み家であり、卵を守るための防卫共生器官であった、という観察报告が静かに世界を揺らした。础滨が生命を设计する时代に、野外で虫眼镜を构える研究者が自然の侧から真理を引き出す。この落差に、かつて机械哲学に対峙して生まれたロマン主义时代の生物学を见る。
そして私は、再び寓话を思い返す。础滨が示す合理的な推论と、自然の中でしか気づけない素朴な発见。互いに帰纳と演绎を繰り返しながら行き来し続けること自体が、どこかマッチポンプのようでもあり、ここに生物学らしさを感じる。効率に寄りかかった机械哲学だけでも、感伤に委ねるロマン主义だけでも届かない。これからの新しい生物学の幕开けを、まさに実感できる时代に我々は运良く生きているのだろう。
※所属?职名等は本誌発刊当时のものです。