执笔者プロフィール

铃木 真吾(すずき しんご)
その他 : 日本学術振興会特別研究員PDその他 : 東京大学東洋文化研究所研究員塾員 専門分野/ 近代オスマン帝国史

铃木 真吾(すずき しんご)
その他 : 日本学術振興会特別研究員PDその他 : 東京大学東洋文化研究所研究員塾員 専門分野/ 近代オスマン帝国史
学生の顷、テーマの决め方について话す中で、「あまり兴味のないことをテーマにしないことが一番大事だ」という、身も盖もない结论に着地したことがある。楽しくなければ长い研究者生活を続けていけない、ということなのだが、これはシンプルながら难しい。
歴史学では、史料がなければ何もできない。运よく文书行政に関心があれば、1亿5千点以上とも言われるオスマン语の行政文书自体が素材となる(简単という意味ではない)。一方で、运悪くニッチな分野に兴味を持てば、掘り进めた末に何も出てこないこともある。若手研究者にとって、突き进んだ先が行き止まりとなるリスクは避けねばならない。他方、史料ありきで研究を始めて、その后に「研究対象を好きになっていく」手もあるという话にもなった。确かに「住めば都」とはよく言ったもので、住む场所であれ恋爱であれ、とりあえず住んでみる(付き合ってみる)ことで、徐々に好きになることはあるだろう。しかし少なくとも私の场合、史料があるからという理由で卒论のテーマにした养蚕を好きになることはなかった。苦手なものは、やはり苦手なのである。
蚕を好きになれなかった私は、大学院进学后にオスマン语の地方新闻に活路を见出そうとした。当时の人々の関心事に兴味があったからである。どのような问题が频繁に记事になり、何が世论を掻き立て、どう论じられていたのか。频繁に记事になるのだから、史料の乏しさのリスクもある程度回避できる。纸面をひたすら追っていく中で、自治体が常に批判の的となっていること、なかでも都市の公众卫生の维持を求める声が繰り返し现れることが目についた。こうして都市の卫生问题を当面の研究テーマとし、最终的にはオスマン帝国における国家的な医事行政を明らかにする研究へとつながっていった。
こうして振り返ると、私はまず史料の有无を优先し、それを后から「好きになっていく」タイプだったようにも思える。しかし実は、卒论で扱った养蚕も、主题は微粒子病という蚕の病気であり、「病」という点では一贯している。结局のところ、无自覚的な无数の取捨选択の结果として、公众卫生が「目についた」だけなのかもしれない。好きに気づくのが早いか遅いか、その违いに过ぎないのだろう。
※所属?职名等は本誌発刊当时のものです。