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慶應義塾

慶應義塾と一貫教育 <その2>

2008/01/15

『塾』2008年 No.257 掲載

今日、庆应义塾の一贯教育は、一つの小学校、叁つの中学校、五つの高等学校を有し、多様な个性を持つ若者を育んでいる。
前回に続き、今回は、戦后に诞生した一贯教育各校の成り立ちについて绍介する。

世に先駆けた男女共学

日本の社会が大きく転換した昭和戦後期、戦後民主主義の潮流に応じて旧学制が再編され、いわゆる六三制といわれる新学制が制定された。これにより義塾の組織も大きく変わることとなり、1947(昭和22)年に中等部、1948(昭和23)年に新制高等学校である第一高等学校と第二高等学校(翌年合併)、農業高等学校(志木高等学校の前身)、1950(昭和25)年には女子高等学校と、新たな一贯教育校が開校する。中等部が誕生したのは終戦からわずか1年余りの混乱期での開校だった。しかし、逆境に負けることなく、広く豊かな人間性を育てることを教育の理想として掲げ、新しい社会、新しい人材の育成へと第一歩を踏み出したのである。

戦后の学制改革では男女共学が大きく推进された。この社会的な流れを率先するように、中等部の共学により义塾の一贯教育に女子教育が加わった。この背景には、『女大学评论』『新女大学』などの着作にあるように、福泽先生の强い思いがあった。先生が早い时期から主张してきた男女平等、女子教育の重要性といった思想が、その没后半世纪を経て具体化され、翌年の幼稚舎共学化、そして3年后の女子高等学校开校へと展开していくのである。

庆应义塾高等学校は、学制改革に伴って设立された庆应义塾第一高等学校と庆应义塾第二高等学校の设立に端を発する。设立时は东京都港区麻布新堀町に仮校舎を构えていたが、翌1949(昭和24)年に両校を统合して庆应义塾高等学校と改称し、校舎を叁田に移した。さらに同年の秋、米军に接収されていた日吉の旧大学予科校舎(第一校舎)が返还された际に同地に移転し、现在に至っている。

女子高等学校は中等部に入学した女子生徒の卒业に合わせるように开校した。戦灾の復兴途上で施设らしい施设もなく、大学や中等部の施设を间借りしてのスタートである。旧徳川邸である现在の校地に3学年分の教室が设置され、ようやく学校としての体裁が整ったのは、1952(昭和27)年のこと。纯和风の门や十叁重塔、鲤の泳ぐ池がある日本庭园など、武家屋敷らしい风情は、女子高の个性として今なおその片鳞をうかがうことができる。そしてもう1校、1957(昭和32)年に発足した志木高等学校は、3万7000坪もの広大な敷地を生かし、自然の美しさ、闲静さ、澄んだ空気など、都心にはない赘沢な环境で独自の伝统を重ねている。前身は、塾员の故松永安左ェ门氏によって1947(昭和22)年に寄赠された现在の敷地に移転してきた獣医畜产専门学校(1944年発足)で、これが翌1948年に农业高等学校に転换され、さらに9年后、これを改组して普通科とした。

中等部校舎(1948年竣工)
高等学校校舎(日吉キャンパス第一校舎)
女子高等学校正门(1958年撮影)
松永安左ェ门胸像

国际化を先导する人材育成

21世紀を目前に控えた90年代、ますます加速する国際化にあって次の世紀を先導する人材を育てるべく誕生したのがニューヨーク学院と湘南藤沢中等部?高等部である。ニューヨーク学院は、1990(平成2)年に一贯教育校の一つとして米国ニューヨーク州パーチェスに開校された。第9学年(中学3年)から第12学年(高校3年)までの4年制高等学校である。

ニューヨーク学院は、进取の精神に富む世界に开かれた私学として、バイリンガル?バイカルチュアルなカリキュラムを导入している。また、ニューヨーク州教育委员会から正式な认可を受けた私立高等学校であるとともに、日本の文部科学大臣により高等学校相当の课程を有する「在外教育施设」として指定されており、卒业后は両国の高校卒业资格を得ることができる。英语と日本语の両言语による教育が実践されている。

湘南藤沢中等部?高等部(厂贵颁中高)の开校は1992(平成4)年。当时は、生徒の能力と个性の伸长を継続的、発展的に図るために中?高を统合した一贯教育が提唱され始めていた时期である。この时代の要请に応えるべく「男女共学六年制一贯教育」という新しい形态の学校として登场したのだ。

国际的な场で活跃するために不可欠であろう「异文化交流」「情报リテラシー」という二つの基础能力向上は、厂贵颁中高の教育における大きな柱となっている。资质に适した英语クラスやネイティブスピーカーによる授业、短期交换留学プログラム、また、コンピュータやネットワークのリテラシー教育、情报を読み解く力の养成といったカリキュラムの充実が大きな特色である。また、帰国生入试を経て入学してきた生徒が高い割合を占めており、自然な形で异文化交流が発生する环境が定着している。

画像
湘南藤沢中?高等部
ニューヨーク学院

これからの一贯教育の姿

こうして立ち上がった一贯教育校は、社会の変化に柔軟に対応しながら着実な歩みを重ねてきた。「同一の中の多様性」を尊重し、それぞれ独自の教育方針、独自の校風を形成しながら、根底に流れる個性尊重の伝統を活かして多様な人材を輩出し続けている。

本年、庆应义塾は日本の近代総合学塾として初めて创立150年を迎える。この大きな节目に向けて初等中等教育においても新たな取り组みが始まろうとしている。考える力を育む重要性が高まり、伸びやかな环境の中で个々人の能力を引き出し、适性を生かす教育が求められる今日。庆应义塾の教育システムの柱である一贯教育の先导的役割がますます重みを増している。

福泽先生の教育理念と义塾草创期からの、初等中等教育の実践を基础に感动教育体験、国际体験を取り入れ、未来を担う多様な人间を育むべく庆应义塾の一贯教育が、新たな挑戦に歩み出す。

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