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慶應義塾

武士はなぜ歌を咏むか

登场者プロフィール

  • 小川刚生

    文学研究科 国文学専攻 国文学分野

    小川刚生

    文学研究科 国文学専攻 国文学分野

2023/04/01

専门は中世和歌です。和歌といえば平安时代の宫廷贵族のものとされますが、鎌仓时代以后も盛んに咏まれ、地方に、また公家以外の阶层に浸透していきます。和歌は教养の一つであったとすれば简単ですが、地方の武士や僧侣の咏歌への情热は惊くべきものがあります。勅撰和歌集が応仁?文明の乱直前まで编纂され続けた理由もそこにあります。古今伝授も次世代の指导者を育てるシステムとして时代の要请で生まれたものです。突出した才能こそ见えませんが、和歌の求心力はむしろ强くなっています。文化インフラとしての和歌の役目を、周辺の领域にも対象を拡げ、実証的に明らかにすることに努めています。

伝统の力が最も顕在化するのは内乱期です。南北朝期の関白二条良基は、何度か生命の危険に晒されながら、朝廷の仪礼を守ろうとした公家です。一方、连歌や猿楽を庇护し、これを高度に洗练させます。その指导力はいわゆる室町文化を生み出しますが、伝统に惹かれる新兴阶层のエネルギーを见事に吸い上げた印象も受けます。生涯を総合的にとらえる试みを何度かしましたが、『二条良基』(人物丛书、吉川弘文馆、2020年)が最新のものです。

戦国期は各地に政治拠点が形成されますが、和歌の権威は健在です。和歌を好む戦国大名は枚挙にいとまありません。関东では公方足利氏や管领上杉氏が鎌仓を退去、かわって上杉氏の家臣に过ぎない太田道灌が実力者となります。道灌が筑いた江戸城では歌合?歌会が开催され、连歌师や商人まで集ったことは、伝统が変质しつつ依然巩固であることを示します。

厳しく分断された中世社会では、身分を持たない法体の歌人(遁世者)の役割も重要です。良基も彼らを重んじましたが、少し后に活动した正彻も典型的な室町の歌人です。正彻は自由な立场で咏歌しつつ、将军をはじめ武家を门弟としました。その指导の口吻を伝える、正彻物语の校注訳を出しました(角川ソフィア文库、2011年)。室町和歌は古典文学の丛书でも取り上げられないので、今后も読者が手にとりやすい形で、作品本文を提供したいと思います。

修士论文で良基の事绩を追ってもう30年、よく饱きもしないでとは思いますが、まだ终われません。良基が内乱最も激しい时期に编纂した、连歌撰集の菟玖波集の校订?注釈に着手しました。何とか完成させたいと思います。

(2023/4/1)