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慶應義塾

超自然主义と超现実主义

登场者プロフィール

  • 筑山和也

    文学研究科 仏文学専攻

    筑山和也

    文学研究科 仏文学専攻

2025/04/01

19世纪后半の作家个别研究に一贯して取り组んでいますが、私のこれまでの研究活动を导いてきたのは学部生のころに抱いていたシュルレアリスム(超现実主义)に対する関心です。シュルレアリスムの主导者であったアンドレ?ブルトンは、19世纪には「社会的なものにせよ精神的なものにせよ、与えられた生を拒否する态度」があるとして、シュルレアリスムが掲げる革命思想の源流にロートレアモンとランボーを位置づけます。当时の私は、シュルレアリスムを理解するためにはこの二人の诗人を彻底的に読み解く必要があると悟り、ロートレアモンやランボーのテクストと格闘を繰り返します。しかし、语られる言叶のインパクト以上に「难解さ」の暗闇に打ちのめされるばかりでした。ロートレアモン『マルドロールの歌』の作品构造を「语り」と「诱惑」の観点から分析した博士论文は、その暗闇に光を照らす试みがもたらした成果といえます。ロートレアモンに次いで研究対象としたのは、ブルトンが精神的な意味で「いちばん縁の浅からぬ相手」としている小説家ユイスマンスです。研究を进める过程で、自然主义の作家として出発したユイスマンスにおいては、レアリスムが神秘的なものと通底していること、とりわけ、美术批评のなかで絵画という「可视なもの」とそれとは対立するはずの「不可视なもの」との関连性がつねに强调されていることに着目しました。写真の登场とともに、レアリスムは视覚的现実(可视)と心的现実(不可视)の双方に関わる复雑な问题となっていきますが、ボードレールの美术批评を研究の射程に入れるようになったのは、ユイスマンスがまさにその问题をボードレールから継承しているからです。ボードレールが『1859年のサロン』で写真批判に続けて展开する想像力论は、想像力を「诸能力の女王」、すなわち外界(自然)から受ける诸々の知覚を统御する机能として定义しながら、视覚的な再现にすぎない静态的レアリスムを否定し、力动的レアリスムの可能性を示唆しています。こうしたレアリスムをめぐる议论を集约するものが、ボードレールのいう「シュルナチュラリスム(超自然主义)」にほかなりません。それが20世纪のシュルレアリスムと无縁ではないことは明らかで、その二つを美术论の枠组みのなかで比较検讨することが今后の研究课题です。