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慶應義塾

庆应法学会について

公开日:2025.06.30
法学研究科

庆应法学会干事长?法学部教授

驹村圭吾

庆应义塾大学法学部ならびに同大学院法学研究科は、法律学?政治学?社会学の诸分野に多くの研究者を辈出してきました。それぞれの専攻分野?研究室ごとの学脉は広く深くその伝统と人脉をはりめぐらせてきましたが、个别分野や研究室を超えて、叁田に学んだ群像たちの交流と相互研鑚の场を设けたいと先辈たちは考えました。こうして、法学部?法学研究科を巣立ち塾外で活跃する研究者たちと法学部専任教员が交流し、研究上のイベントをともに企画?実施する団体として、庆应法学会が1971年に设立されたのです。

庆应法学会の会长は法学研究科委员长が务め、会の运営は学内外の15名ほどの干事から成る干事会が担当し、日常の事务は干事长と2名の干事(会计担当と事务担当)が処理しています。年に1回ないし2回の大会を主にともに学んだ叁田において开催しております。以前は学外の研究者が所属する大学で开催することもあり、地方色豊かなイベントを组むこともありましたが、コロナ祸等の影响でここ数年、叁田で开催されるのが通例となっています。懐かしい学窓のある叁田に立ち戻ることにも意味がありますが、会员たちの活跃を実感し、见闻を広めるためにも叁田を出て地方で再会することも大切です。今后は庆应法学の人的拡がりを确かめるためにも、活动の范囲を以前のように広く机动的に展开できればと思っています。

叁田山上に学んだ先辈たちの本会についての思いに触れておきましょう。本会の趣旨をおまとめになった坂原正夫先生(民事诉讼法)の2001年2月15日の记事には次のようにあります。

「明治法制史研究に伟大な足跡を残した故?手塚豊博士(名誉教授)は、学部出身の研究者と学部との関係は単に恩师との个人的な関係にとどめるべきではないとして、「塾外の研究者に法学部は物心両面で応援すべきであり、そのことが学部の発展にもつながる」との信念のもとに、本会の设立に尽力された(手塚豊「庆应法学会创设时の思い出」庆应法学会ニュース七号一页、一九八一年)。博士は设立に际して、研究活动の支援の具体的な内容として、塾図书馆の便宜供与、法学部の机関誌である『法学研究』の配布、同誌への寄稿斡旋、研究补助金等を考えられたが、それが今日の本会の活动の基础になっている。なお博士の本会设立当时の思い出によれば、準备委员会では本会の名称として叁田法学会が考えられていた。それが庆应法学会となったのは、叁田法曹会との类似をさけるためであった。」

ここにも见られますように、先辈の硕学たちには、「叁田法学」なるものの学的系谱の树立に対する思いがあります。学问领域も细分化され、方法论も多様化した今日、「叁田法学」の名のもとに结集するのはなかなかハードルが高いですが、福泽諭吉の学统を法律学?政治学?社会学の系统において护り抜く気持ちを庆应法学会は継承していきたいと思います。

本会が行う大切な事业のひとつとして出版助成がありますが、最后にそれに触れておきたいと思います。自分の研究を一书にまとめ、これを出版することは研究者の梦であり、また、责务でもあります。庆应法学会では毎年これを补助する活动を行っております。长年の研究を世に问うこと、地味ではあるが意义ある论攷を活字に残し后进にバトンを渡すこと、博士号を取った论文を书物にし世に知らしめること、こういった研究成果の発表を庆应法学会は応援します。その意味では、若手の研究者や院生の皆様との交流にも力を入れていきたいと考えております。ぜひとも叁田の山でお会いしましょう。