卒业生 中森健之介君(総合政策学部卒)
2022/12/21
中森健之介(なかもり けんのすけ)/能楽师?観世流シテ方
2009年総合政策学部卒业。幼少期よりシテ方能楽师である祖父?中森晶叁、父?中森贯太に师事し、数多くの能舞台で子方を务める。大学卒业后、観世喜之、喜正のもとで修行を重ねた。2018年に観世流シテ方の準职分の资格を得て玄人(プロ)の能楽师となる。公益财団法人鎌仓能舞台评议员であり、祖父が创设した「鎌仓能舞台」を拠点に舞台活动のほか、一般の人々への能のお稽古なども行っている。これからの能楽界を背负う期待の若手能楽师の一人である。
舞台后、必ずほめてくれた祖父と父
-中森さんは、鎌仓の大仏のすぐそば、緑豊かで闲静な环境の中に建つ「鎌仓能舞台」を拠点に活动されています。この能楽堂はおじいさまが创建されたとか。
中森:はい、祖父はもともと能楽の家に生まれたわけではありません。「旧制一高」、现在の东京大学教养学部在学中に女性能楽师のパイオニアである津村纪叁子さんに手ほどきを受け、そのまま能楽师の道へと进みました。能楽师としてはそうした特殊な経歴もあって、とても自由な考えの持ち主でした。「弟子や関係者だけでなく、もっと多くの方々に能を见ていただきたい」。そんな思いから祖父は数々のチャレンジをしました。中学校?高等学校を回って生徒の前で能を実演したり、神奈川県内の数々の薪能(たきぎのう)创设にも関わりました。そうした取り组みとともに地元鎌仓に能楽舞台を建设することが祖父の念愿で、奔走の末、1970年にようやくその梦をかなえることができました。以来、半世纪以上続けてきた能を披露する前に解説を行う鎌仓能舞台の公演スタイルを考案したのも祖父です。残念ながら2008年に亡くなりましたが、コンピュータ音楽やスモークなどを使った「エレクトロニクス薪能」に挑戦するなど晩年まで创意工夫の人でした。父も私も「もっと多くの方々に能の舞台を见ていただきたい」という思いは同じです。现在では舞台脇にモニターを配し、そこに现代语訳と英訳を映し出して谁もが能舞台を楽しめるよう工夫しています。また、平日にはここで一般の方々を対象にした能のお稽古もしています。敷居が高い古典芸能と思われている能ですが、実はどなたでも习うことができるのです。
-中森さんが初めて舞台に立たれたのはいつですか。
中森:初舞台は2歳9カ月。もちろんまったく覚えていません。おそらく舞台では祖父が后ろから支えてくれていたのでしょう。その后は、遮那王(源义経の稚児名)などさまざまな子方で舞台に上がりました。最近、甥が初舞台を踏んだのですが、それを见ながらかつての自分もあんな感じだったのかなとほほ笑ましく思いましたね。初シテ(仕手=能の主役のこと)は6歳のときでした。
-ということは物心ついた顷から能のお稽古をされていたのですね。
中森:はい。幼稚园や小学校から帰宅すると、毎日父や祖父から10?20分ぐらいのお稽古をつけてもらっていました。能のお稽古は謡本(うたいぼん)という本を见ながら声を出す謡(うたい)と、舞台の上で身体の动きを习う仕舞(しまい)があります。まだ謡本が読めない小さい顷などは、父が謡うのをオウム返しにまねて练习していましたね。
-意外とお稽古时间は短いのですね。
中森:ええ、祖父も父も私が能を続けてくれることを愿っていましたから、子どもが嫌がらない程度の时间でお稽古するように心がけていたのです。一つの舞台に対しておよそ半年かけて稽古しますので、1回の时间は短くても大丈夫でした。そして祖父と父は本番の舞台后には必ずほめてくれました。失败しても「よくできたね!」と笑颜で迎えてくれたものです。それも子どもが能を嫌いにならないようにという心遣いからでしょう。わが家はシテの家ですが、特にワキ方(シテの演技を引き出す脇役。僧や神职などに扮する)は人数が少なく、能楽の世界では后継者を育てることはとても大切なのです。その后、大学生までは父と祖父が私の能楽の师となってくれました。
厂贵颁で学んだ心理学は舞台づくりのヒントに
-厂贵颁の総合政策学部へ进学された理由は。
中森:将来、能楽で身を立てるにしても大学レベルの勉强はしておきたいと思いました。厂贵颁は父が湘南藤沢中等部?高等部で讲师をしていたことで亲しみがありましたし、鎌仓の自宅から通学しやすいことも良かった。调べてみるとカリキュラムがフレキシブルで能のお稽古や舞台との両立もしやすいと思いました。大学では経営学やデータ分析の授业などを中心に履修し、印南一路(いんなみいちろ)教授の研究会で意思决定の心理学について研究しました。心理学には能の登场人物の理解や舞台づくりなどに役立つヒントがたくさんあって、とても兴味深かったですね。
実は大学卒业を控えて少し迷いがあり、就职活动もしていました。しかし最终的にはやはり能楽师の道を选ぶことを决心しました。なにしろ私にはこの鎌仓能舞台をはじめ、父と祖父という师もいて能楽を学ぶために非常に恵まれた环境がそろっています。そしてなにより私は子どもの顷から続けてきた能楽の世界が好きでした。大学卒业后は父の师でもあった东京の観世喜之师家に住み込みの内弟子に入って6年间修行させていただきました。独立して鎌仓に戻ってきたのは2016年のことです。
-プロの能楽师として取り组んでいきたいことはありますか。
中森:やはり祖父が目指したように、多くの方に能楽を楽しんでいただける工夫と环境づくりに取り组みたいですね。「お客さまが心から楽しめる舞台」を目指して试行错误していきたいと考えています。今年は、鎌仓能舞台にもたびたびご出演いただいている狂言师の野村万斎さんが演出を担当し、出演もされていた「能狂言『鬼灭の刃』」が话题を呼びました。登场人物やストーリーをあらかじめ知っていることは能楽鑑赏では大切なので、こうした人気アニメを题材とした舞台は能を多くの方に知っていただくためには极めて有効だと思います。それと同时に400?500年という时间に磨かれた古典作品の素晴らしさも知っていただきたいです。能舞台にあえて现代语訳?英訳を映すモニターを设置したのも、そうした古典の素晴らしさを少しでも多くの方に理解していただきたいからです。
観阿弥?世阿弥亲子が能楽を大成して以来、武士の教养として时代とともに変転してきました。正式な能楽は「五番立て」といって、冒头の「翁」に始まり、「神?男?女?狂?鬼」という5つの“番组”と狂言4曲で构成されていました。ちなみに放送などで使われる番组という言叶はもともと能?狂言用语です。「五番立て」をすべて演じ终えるには日の出から日の入りまで终日かかり、照明がない时代ですから日の入りに间に合わせるため、舞台の进行は今よりむしろ早かったようです。现代ではこうした1日がかりの上演は能楽协会が主催し、シテ方五流が一堂に会する「式能」以外ではめったにありません。能と狂言1曲ずつの上演がほとんどで、私たちの定期公演では、现代のお客さまにも古典の素晴らしさをより深く理解していただくために、その冒头にストーリーの背景やみどころなどの「解説」の时间を设けています。
-シテ役として得意とする曲、好きな曲はありますか。
中森:去年、シテとして一人前と见なされる「道成寺」の舞台をつとめましたので、今后もさらに难しいといわれている曲に积极的に取り组んでいきたいと考えています。できればすべての曲を得意としたいのですが、能楽师として大柄な私の场合、先ほどの「五番立て」でいうと繊细さが要求される「女」の曲には少々苦手意识があります。その反対に荒々しさを表现する「男」や「鬼」は比较的得意としているかもしれません。だからこそあえて「女」の演目に积极的に取り组みつつ、自分なりの「女性の柔らかさ」を表现できるよう、日々精进しています。幸い私にはこの鎌仓能舞台という拠点があり、由绪ある衣装や能面もありますから、ここでお客さまを前に真剣胜负の场数を踏むことで、自分の芸を磨いていくことができると信じています。
古いものに立ち返ることでイノベーションが生まれる
-新型コロナウイルス感染症拡大以降、能楽の舞台も中止になるなど苦しい日々もあったと思います。
中森:この2年ほどオンライン公演の可能性についても模索してきました。2020年には、父が発起人となってジャズやクラシック音楽、雅楽、纸芝居など多彩なジャンルの地元アーティストが出演する地域オンラインイベントを鎌仓能舞台で开催したこともあります。今やほとんどのご家庭にリモート环境があるわけですから、私たちはこのピンチをチャンスに転换すべく、动画配信などで多くの方々に能に触れていただく机会を提供していきたいと考えています。リモートでしたら国境も関係ありませんので、海外の方々を対象にした动画制作?配信、さらに能のお稽古などもできます。
私は祖父にもっと长生きしてもらいたかったとつくづく思います。先ほどお话しした通り、祖父は能楽师仲间から「あの人は25年先を行っている」と惊かれていたほど先进的な人物でした。生きていたら能楽の未来について相谈したいことがたくさんあります。しかしそんなことを嘆いていても仕方ありません。まだまだ能楽が敷居の高い存在と考えている人が多い中、祖父の遗志をしっかりと受け継ぎ、父と私でその敷居を低くするためのさまざまな工夫を公演に取り入れていくつもりです。実は最近、幅広いジャンルのミュージシャンが鎌仓能舞台の雰囲気を気に入ってくれてコンサートを开催してくれているのです。そういうところからも能や能舞台の魅力が幅広い世代に伝わってくれるとありがたいですね。
-最后に塾生へのメッセージをお愿いします。
中森:古典芸能の継承者として伝えたいのは、古いものにも目を向けてほしいということ。若い顷は谁しも新しさや先进性に憧れます。それはそれで正しいことだと思います。日々、时代の最先端に触れていた厂贵颁时代の私だってそうでした。だからといって古いものが无用かといえば、そんなことはありません。古いものに一度立ち返ることで新しい展望やイノベーションが生まれることは决して珍しいことではありません。能の舞台には感情や运命に関する数百年にわたる人间の知恵が宿っており、そこから现代を生きる私たちにとっても学ぶべきことや指针を読み取ることができるでしょう。能楽の普及を通して、そうした新しい时代の活力になることができればと考えています。
そしてもちろん、多くの塾生の方にも能楽の魅力を知っていただきたい。まずは动画サイトなどでも结构です。少しでも兴味を覚えたら、次の段阶としてぜひ能楽堂に足を运んでみてください。きっと生の舞台ならではの空気感や音の响きなどに惊かれると思います。鎌仓能舞台には能面や装束を展示した能楽博物馆があり、土日と木曜日(临时休业あり)のカフェ営业も始めましたので、鎌仓散策の折にはお気軽にお立ち寄りください。大歓迎いたします。
-本日はありがとうございました。
この記事は、『塾』AUTUMN 2022(No.316)の「塾員山脈」に掲載したものです。