卒业生 中島明日香君(环境情报学部卒)
2024/06/24
中島明日香(なかじま あすか)/Elasticsearch株式会社 セキュリティリサーチエンジニア
2013年环境情报学部卒業。サイバー犯罪から社会を守る「ホワイトハッカー」に憧れ、大学入学後、情報セキュリティの研究に取り組む。卒業後は日本電信電話株式会社(NTT)サービスイノベーション総合研究所でソフトウエアやIoT機器の脆弱性の研究に従事。2014年には日本初の女性セキュリティ技術者のコミュニティ「CTF forGIRLS」を設立、2023年まで代表を務めた。2022年11月よりElasticsearch 株式会社に移籍。主にパソコンやスマートフォン、サーバなどの端末をサイバー攻撃から守るエンドポイントセキュリティの研究開発に取り組んでいる。
一册の小説との出会いによって将来目指すべき道が决まりました
-中岛さんは幼い顷、海外で暮らしていたそうですね。
中島:父の仕事の関係で2?7歳、さらに14?16歳を米国で過ごしました。14歳で米国の学校に入ったときは英語のコミュニケーションでかなり苦労しましたね。当時の私は本が好きでおそらく年に200?300冊ぐらい読んでいたと思います。本を読みながら「自分は何をしたいのか」「何をするべきなのか」についてぼんやりと考え続けていました。一つ自分の中で確かだったのは「一度きりの人生だから、より良い世界をつくるために生きたい」という思いでした。その頃はファンタジーSFが好きで、情報テクノロジーの知識はほとんどありませんでしたが、ある日ついに運命の一冊に出会いました。ネット小説(後に紙の書籍として出版)だったサイバーSF小説『Project SEVEN』です。
-どのようなストーリーの小説なのですか。
中岛:当时の私と同年代の女子高生ハッカーが天才プログラマーの力を借りて世界同时サイバーテロを阻止するという物语です。作者の七瀬晶(ひかる)さんはその时システムエンジニアでもあったそうでサイバー空间のリアルな描写が素晴らしく、「パソコンで世界を救うことができるなんてスゴイ!」と强く心を动かされました。「世界を良くしたい」という私の梦の実现に近づけると感じ、以来、自分も「ハッカー」になり、セキュリティ技术を通じて社会を良くしたいと思うようになったんです。「ハッカー」と闻くとコンピュータやネットワークに不正侵入する犯罪者を思い浮かべる人が多いですが、それは间违いです。「ハッカー」は本来、深い技术力を持つ人を指し良い意味で使われる言叶でしたが、メディア等でサイバー犯罪者と同义に扱われ悪い印象がついてしまいました。そのため日本では现在、良い目的でセキュリティ技术を行使する技术者のことを「ホワイトハッカー」と呼び、私が目指しているのも、もちろんこちらになります。
-その后、大学受験を控えた17歳直前で帰国されました。
中島:高2の夏に日本の高校に編入学しました。ハッカーを目指して本格的に勉強に取り組み始めたのはその頃からですね。とは言え、どうすれば「ホワイトハッカー」になれるのか全くわかりませんでした。そこで最初は初級システムアドミニストレータ(現ITパスポート試験)の資格取得の勉強から始めました。完全に独学です。しかも翌年は大学受験だったので、そちらの対策も考えなくてはなりません。プログラミングの勉強や情報セキュリティの研究ができる大学を探しているうちに慶應義塾大学环境情报学部を見つけました。英語と小論文だけで受験できたことは、米国での生活が長かった私にとってありがたかったですし、カリキュラムの自由度や、1年生から研究室に所属できることも大きな魅力でしたね。入学4日目に早速、侵入検知システムの第一人者である武田圭史教授にメールで「ゼミに参加させてください」とお願いして、快諾いただきました。武田先生の研究室には、面白くてレベルの高い学生がたくさん集まっていて、まずは先輩の技術を見て学ぶことから始め、4年間を通して刺激的な環境で学ぶことができました。また、当時の环境情报学部長は「日本のインターネットの父」と称される村井純先生でした。村井先生は「どんな学生にも可能性がある」という信念で学生に接してくださる方で、私もそのお話を直接伺い大きな影響を受けました。後に私が初めての著書を出すときに村井先生から推薦の言葉を寄せていただき、とてもうれしかったです。
-在学中はインターンシップなど、学外でも积极的に活动されていましたね。
中岛:研究室の先辈などの绍介もあり骋辞辞驳濒别と惭颈肠谤辞蝉辞蹿迟の日本法人、そしてコンピュータセキュリティに関する情报発信などを行う一般社団法人闯笔颁贰搁罢コーディネーションセンターでインターンシップを行いました。ほかにも、大学の特别授业がきっかけで当时の富士ゼロックス株式会社でクラウド新サービスの立ち上げに関わるプロジェクトにアルバイトで参加するなどし、どのような仕事が自分に合っているかを考えることができました。
-国内外のセキュリティ技术者の竞技大会にも参加されていますね。
中島:2年生のときに情報セキュリティスペシャリストの資格を取得しました。さらなるスキルアップのためには同じようなスキルを持つ人たちと競い合うハッキングコンテスト「CTF(Capture The Flag)」への出場が良いのではと思い、まず日本チームの一員に入れていただき、さまざまなCTFに参加しました。さらに米国で開催される世界最高峰と言われる「DEF CON CTF」にも出場しましたが、こちらは世界の壁の高さをあらためて思い知らされる経験となりました。
情报セキュリティの世界で女性が活跃できる环境づくりを
-学部卒业后は日本电信电话株式会社(狈罢罢)サービスイノベーション総合研究所に就职されました。
中島:就職先にNTTを選んだのは、日本を代表する情報インフラ企業なので、自分の研究成果をいち早く世の中のために生かせるのではないかと思ったからです。NTTではソフトウエアの脆弱性の発見?対策を中心とした研究に取り組みました。例えば元となるソフトウエアのコード(コンピュータプログラム)に脆弱性があると、それをコピー&ペーストなどで複製した別のソフトウエアにも脆弱性が生じてしまうという「コードクローンの脆弱性」の問題があります。こうした脆弱性の問題を発見する独自の手法を開発し、ロシアで開催された国際会議で発表しました。実際にその手法を使って調査したところ、世界トップシェアのWindows OS内にもコードクローンの脆弱性が見つかり、これには私自身も驚きました。
NTTの研究所ではOEM製造されたIoT機器の脆弱性の発見?対策に関する研究にも取り組みました。この成果は、情報セキュリティ分野の国際会議BlackHat Europeで発表し、海外のメディアや研究機関にアピールする良い機会になりました。
-NTTでの研究活動と並行して、2014年に日本初の女性セキュリティ技術者のコミュニティ「CTF for GIRLS」を発起人として設立されていますね。
中岛:きっかけは情报セキュリティの世界に女性が少ないという问题意识でした。学生时代から情报セキュリティの勉强会などに参加すると会场にいるのは男性ばかり。时には女性参加者が私一人ということもありました。多くの女性にとってそうした环境は心理的なハードルになります。そこで女性限定のコミュニティやワークショップを作ってみたらどうだろうと考えたんです。当时私もまだ社会人になったばかりで、コミュニティ运営やイベント开催の経験はありませんでしたが、学生时代から関わりがあった情报セキュリティコンテストを运営する厂贰颁颁翱狈実行委员会のサポートもいただき、会社からも许可を得て设立にこぎつけることができました。最初はイベントを开催してもどのくらい人が集まるのか不安でした。でもフタを开けてみると「どこにこれほど女性セキュリティ技术者がいたのだろう?」と惊くぐらいの人数が集まり、多くの女性が私と同じようにこうした机会を求めていたことがわかりました。以来、毎回のワークショップやイベントに多くの女性技术者に参加していただいています。
私は「CTF for GIRLS」代表として、「持続可能な団体とする」「学生やワーキングマザーなど対象を広げる」「ロールモデルとなる人材輩出」の3つの目標を掲げてきました。設立10年を迎え、それぞれの目標達成に手応えを感じましたので、2023年限りで代表を退くことにしました。実は新代表の中島春香さんはSFC、それも同じ研究室の後輩で、今後は陰ながら活動をサポートしていくつもりです。
现実とサイバー空间の関係をより広い视野で捉えていきたい
-2022年11月には狈罢罢から高速検索エンジンで知られる贰濒补蝉迟颈肠蝉别补谤肠丑社(以降、贰濒补蝉迟颈肠社)に移籍されています。
中岛:狈罢罢ではやりたいことを思う存分やらせていただき、今でも感谢しています。その上で私は次のステップに进むために贰濒补蝉迟颈肠社に移籍しました。より製品やサービスの「开発」に関わる経験を积みたかったことや、世界トップクラスのセキュリティエンジニアが在籍していることに加えて、贰濒补蝉迟颈肠社はソフトウエアプログラムである「ソースコード」を无偿で一般公开するオープンソースソフトウエア(翱厂厂)の文化から発展した会社であるからです。翱厂厂はそれまで学ぶ机会があまりなく、次に挑戦したいと思っていたテーマの一つだったので、毎日楽しく働いています。
-今后の抱负や目标について闻かせてください。
中岛:20代は情报セキュリティ技术の世界にどっぷり渍かって働いてきましたが、30代になってからは、もっと视野を広く持ちたいと考えるようになりました。そのきっかけの一つが、サイバー空间と现実が密接に関わって进行するロシアによるウクライナ侵攻です。サイバー空间だけでなく、现実社会の背景や文化などにも目を向けないと、サイバー攻撃に备えられないと感じ、「世界」をもっと知りたいと思うようになりました。また、20代は目の前の目标に対して一生悬命でしたが、30代からは専门家としてこの先末长く続けられるような勉强を心掛けるようになりました。まだまだこれからやりたいこともたくさんあります。
-最后に塾生へのメッセージをお愿いします。
中岛:これは私自身の信念でもあるのですが、「人生は一度きり。自分のやりたいことをやろう」です。もちろん「やりたいこと」を思うようにできなかったり、前途に壁が立ちふさがったりすることもあると思います。でも、简単に諦めてほしくないのです。もし壁にぶつかったら「“できない”理由ではなく、“できる”方法を考えよう」。これは、厂贵颁の恩师である武田教授の言叶です。また自分が选んだ选択肢は正しいのか?や、「これで良かったのだろうか?」と迷うこともあるかと思います。こちらも人の言叶ですが「选んだ选択肢が、正しくなるように行动していく」ことが大事だと私は思っています。塾生の皆さんに対するアドバイスとしては、在学中に、授业や研究室、人脉などのあらゆる环境を、言叶は悪いですが「使い倒す」ことで存分にやりたいことに取り组んでほしいと思います。
-本日はありがとうございました。
この記事は、『塾』SPRING 2024(No.322)の「塾員山脈」に掲載したものです。